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「ギルティクラウン」:民主主義の王はポピュリズムという名のクラウンを戴く [タイトル:カ行]

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テレビアニメ「ギルティクラウン」(GUILTY CROWN)は、フジテレビ系列「ノイタミナ」枠で2011年10月13日から2012年3月22日まで放送されたオリジナルアニメ作品である。

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ギルティクラウン。
直訳すれば、罪深き王冠ということになるだろうか。
王冠は王の権力の象徴であり、権力は能力=神の声を聴く力=予言によって担保される。
そして古来から王の力は継承すべきものとして捉えられていた。

フレイザーの「金枝篇」は未開社会の神話・呪術・信仰に関する集成的研究書だが、本書の冒頭でも王の力の継承について考察されている。


図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

  • 作者: ジェームズ.ジョージ・フレーザー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/04/11
  • メディア: 文庫



図説 金枝篇(下) (講談社学術文庫)

図説 金枝篇(下) (講談社学術文庫)

  • 作者: ジェームズ.ジョージ・フレーザー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/05/12
  • メディア: 文庫




タイトルの金枝というのは宿り木のこと。
イタリアのネミにおける宿り木信仰に伝えられる、森のディアナ神の聖所の祭司になるためには、金枝(宿り木)を持って来て、現在の祭司を殺さなくてはならないという政権交代の作法から名付けられているのだ。

そしてこの祭司は「森の王」と呼ばれている。
そして神話は王の役割を「声を聴くもの」と定義する。予言こそ王の仕事で、その役割を果たせなくなると、その力が弱まりきって仕舞う前にできるだけ残虐な方法で殺され、贄とならなければならない。
そして、それこそが王にとっての最大の名誉なのだ。

つまり王権の継承の物語はまた王殺しの物語でもある。

ギルティクラウン世界での王は、望まずにその力を手に入れた主人公、桜満 集(おうま しゅう)であった。
桜満集の手に入れた王の力は、人の心を結晶化して取り出し、それを武器や防具、またはツールとして使うという能力だった。
結晶化された人の心の形を「ボイド」と呼んでいる。

ボイドはC言語などのvoid(ヴォイド)関数のことだろうか。
返り値を持たない関数であるvoid()は、いわば「何もない」=空虚であることを意味している。
その言葉通りにボイドを取り出された人は、意識を失い虚ろな存在となる。
そしてボイドが破壊されれば、その人間も死ぬ。

いわば友の命を使って戦うという背徳性が、この王の力の背後にはあり、その背徳を指してギルティと言っているのである。

心のカタチが、視覚化されることで物語をドライブしていく手法はまさにアニメーション作品ならでは表現技法で、ほかにも当欄でも取り上げた「アクセル・ワールド」などで使われた、わかりやすい「ホロリ」感を醸し出す手法である。

桜満集はボイドの持つこの背徳性に悩むが、危機的な状況の中で友を守るために王の立場を受け入れる。
しかし、王の力に守られ頼りにしてきたはずの民衆はやがて集の管理社会的な組織運営に反発を覚え始め、その不満はクーデターに発展してしまうのだ。


王権の時代には、神の声を聴くことがその能力の証であった。
王無き時代の王の力が人の心のカタチを取り出すことであるというのは、まさに民主主義のメタファーだと言えるだろう。

そして民主主義とはまさにそういうものだ。
神の意志を代行する王は、そのお告げがうまく作用しているうちは王として振る舞えるが、予言が当たらなくなれば力が衰えたと見られて殺害された上、次の王にすげ替えられる。
ギルティクラウンの中で語られる「古代ギリシャの都市国家を滅ぼしたものを知っていますか。それは<デマ>です」という印象的なセリフは真実かはわからないが、一面の真理を言い当てている。
王政を打倒するのはいつも民意だが、そうしてせっかく獲得した民主主義の最大の敵もまた衆愚という名の民意なのである。

そうして成熟した民主主義の時代に生きる僕たちは、まるで冬物のコートを流行のものに着替えるように政権を選ぶ。
選んだ政権が期待通りの成果を上げられなかったら、「お灸をすえる」んだと言って違う政党に票を投じる。
選挙というオールマイティな武器のおかげで、数年に一度国の未来を自分たちでデザインしている気分を味わうことができる。
選挙に落選しても、森のディアナ神の聖所の祭司とは違って命までは取られない。
なんて素敵なゲーム

でもその先には。
小さな虚栄心を満足させるために国家の秘密をマスコミに漏らしてしまう政治家と、それを縛る法律を決めるために大騒ぎする国会が。
増え続ける高齢者の老後を支えきれない脆弱なシステムと、それを支えるはずの経済の活気を粉砕してしまうための新しい税制を導入する愚かしい「識者」たちが。
そして何より、そんな為政システムを他人ごとのように眺めている僕らがいるのだ。

民主主義の王は衆愚(ポピュリズム)という名のギルティクラウンを戴いているのである。


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