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「新世界より」は、アニメよりコミカライズがいいようです [タイトル:サ行]

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貴志祐介の日本SF大賞受賞作「新世界より」のアニメ化ということで大変期待していたわけだが、結論から申し上げると、あまりのテンポの悪さに辟易して終わった。






原作通りといえば原作通りの展開で、それゆえに説明過多。

せっかく絵を動かしているのに、サイキックアクションは想像の埒内にあった。



近年の総天然色的な色合いでないことは別にかまわないが、その中に例えば四畳半神話大系のような色合いによって表現される個性のようなものは乏しく、貧しさ故の色彩の乏しさに見えて残念だった。





もともとこの「新世界より」という小説は、第12回ハヤカワSFコンテストの佳作に選出されながら出版されなかった中編「凍った嘴」の構想を再構成して書かれた大作なのである。

で、「凍った嘴」の代わりにデヴュー作として書かれた「夜の記憶」の原稿料があまりに安かったので、SFを書くのはやめてホラーの世界に行ったという、幻想的な小説を書く作家の、実に現実的なエピソードも残っている。



話がそれたが、だから筋立てそのものは素晴らしく、特に愧死機構というアイディアは、超能力ものでありながら超能力の強さでは簡単に決着がつかず、その使い方に焦点があたるようになっていて、まどマギが問うた万能でない魔法というテーマを継承している。

それだけに、ストーリーの最大の謎である「異類」の正体についてが、かなり早い段階で見当がついてしまうのに、終盤最大の驚きどころがそこであったということに、こっちが驚いてしまう。

このタイムラグはおそらく「映像化」によって生じたものだ。

だからテキストの映像化作品は脚本が命なのである。



近年アメリカやフランスのミステリシーンでは、脚本家出身の小説家が脚光を浴びている。

日本でも、サブカル近辺で注目を集めるコンテンツは悉く虚淵玄が書いているものであることを考えれば、脚本的発想が現代のエンターテインメント・コンテンツにおいてなにより重要なことがわかるだろう。



「新世界より」の商品化では、独自キャラクターを交えてメディア特性にあった表現を提供していると言う意味で、コミカライズが品質が高いようだ。



新世界より(1) (講談社コミックス)
及川 徹
講談社 (2012-10-09)




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