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現代の「地に呪われたる者」は〜劇場版「PSYCHO-PASS」 [タイトル:サ行]

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虚淵玄原作作品の「PSYCHO-PASS」の劇場版を視聴。

時系列的には二期の後に配置される完全新作で、内容的には狡噛執行官を中心に据えた一期の続編ということになる。

テーマも一期の「法の精神」についての考察を引き継いでいる。



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このシリーズの魅力はなんといっても虚淵氏の構築した救いのないディストピアだが、もうひとつ、天野明の描いたキャラクター造形も忘れてはならない。






実に魅力的な常守朱監視官だが、漫画家天野明の手によるこの繊細な造形は、繊細であるがゆえに「動かす」のが難しい。

長丁場のTVシリーズでは満足の行く作画ばかりとは言えないが、劇場版の二時間ならば期待できる。

本稿では、常守朱ベストショット集を適宜ご紹介しながら書き進めていきたい。



本作では、人間の心をスキャンして、潜在的な犯罪者を「あらかじめ」排除することで平和な社会を維持するシビュラシステムを、海外に輸出するというエピソードになっている。

ASEANがモデルと思われるアジアの小国連合に試験的にシビュラが導入されるが、テロリストによる妨害活動が活発化していた。

そのテロリストを指導する者として、一期で逃走した狡噛執行官が発見される。

現地に飛ぶ常守監視官。






物語中、逃走した狡噛執行官は、シビュラシステムに飼い慣らされ、人が人らしく思想と尊厳を保てなくなった世界で、自らの価値観だけを道標にして運命を切り拓く者として描かれている。

常守監視官自身もまた職務に就いたばかりの頃、そんな狡噛に強い影響を受けた。

しかし一期のラストに於いて、そうした権力による管理に抵抗する価値観とも「法」は矛盾はしない、なぜなら「法が人を守るのではなく、人が法を守るのだから」という真理に辿り着いたのだった。



この一期と劇場版を接続するアイテムがプルーストの「失われた時を求めて」である。

狡噛に影響を受け、日本に潜入したテロリストが肌身離さず持っていたのが狡噛の私物である「失われた時を求めて」の最終巻である。






一期から本劇場版まで、一貫して狡噛と同じ資質を持つ犯罪者として描かれる槙島聖護が持っていた本は「失われた時を求めて」の初巻であった。

槙島聖護(しょうご=正午)の名を持つ犯罪者と、狡噛慎也(しんや=深夜)の名を持つ刑事。

決して交わらぬ二人の運命はこの「時間」というものの発見を描く長大な物語を通じて次の世代に続いていくのである。



そして正午と深夜は、立場を変えながら永遠に連環し、運命の環から逃れられない。

この苦痛の連鎖から解き放つ役割は、常守(=永遠の守り手)の名を持つ者が担うほかない。

必然的に、再会は戦いとなる。









しかし二人は大きな陰謀に飲み込まれ、「現実」に直面する。

世界はやはりどこまでも権力欲にまみれ、人類が多くの血を流し、その歴史こそが「法の精神」を作り上げてきたという事実が蔑ろにされつつある現実に。






そのような汚れた権力に支配された地で戦う者も様々なカタチの「正義」を模索する。

ある者は、フランツ・ファノンの「地に呪われたる者」を引用する。



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個々のレベルでは暴力というものは、原住民を劣等感から解き放つ。しかし国家が崩壊した世界では暴力の民間化が行われる。組織化された暴力の独占こそが国家の本質だからだ。つまり社会的憤怒を源泉とした経済活動としての組織的暴力だ。



ファノンの国家観をひとつ視点のステージを上げて、一つの法体系の許にあるとは言いがたい「世界」を崩壊した国家に譬えれば、ナショナリズムの戦争は内戦でしかありえず、事実国家間の戦争はすでに「民間化」も「経済活動化」も進んでいる。

合理的思考を最上の価値観に置く者ほど抑止力としての戦争を是認する所以である。



しかし、法を「機能」として捉えた時には問題がなくても、それを支える法の精神と、その精神を獲得するに至った歴史的経緯について充分な敬意を払えてるといえるだろうか。「見えているもの」だけが真実ではない。






常守監視官は、常にこの、目には見えない精神と歴史への敬意を守っているのである。

彼女の名前の本当の意味がここにもある。








 フランツ・ファノンは植民地に生まれることがもたらす心の鬱屈について「地に呪われる」という表現を使うが、この経済的な価値観だけが、そうとは思わせずにすべてを支配しているこの世界に、やはり我々も呪われているのではないか。

古くは中国大陸から、後には西欧から、文化まで輸入したこの国で生きていくために、本当に必要なものはなにか。

虚淵玄が僕らに問いかけているような気がする。








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