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『終末のイゼッタ』はなぜ「魔法少女」ではなく、「魔女」の物語なのか [タイトル:サ行]

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『終末のイゼッタ』をイッキ見。
『幼女戦記』と同様に、架空世界でありながら第二次大戦あたりのヨーロッパを想起させる場面設定になっています。
現在、世界で起きているきな臭い出来事の殆どが、あの時代の諍いの燃え残りから今も消えない煙であることを考えると、バトルものアニメの舞台として現代の脚本家が選びたくなる時代であるというのもよくわかりますね。

そして、魔法少女ではなくて「魔女」というところもポイント。
中世の魔女をメインアイテムに持ってくるのは、フィクションに「魔法」を持ち込む以上の意味があります。
魔法は実在しなくても、魔女狩りで殺された人は実在するからです。

古代社会では、疫病の流行などの原因を悪い魔術に求め、誰かをその施術者に仕立てあげて誅殺するということがわりと普通に行われていました。
それが中世社会になるとキリスト教の異端審問と結びつき、異端派の迫害の手法として魔女裁判が使われるようになります。
より組織的で大規模な誅殺が合法的に行われたのです。

この流れは初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて極大化し、魔女裁判の最盛期が到来します。
近代は民衆の時代。
すべてが王様まかせだった中世とは異なり、無知な民衆が社会の運営に携わるようになると、しばしば社会不安が生まれ、集団ヒステリーにまで発展していくという象徴的な事案でありました。

20世紀の戦争も、こういった集団ヒステリーの一種ではなかったでしょうか。
『終末のイゼッタ』の脚本は、そのような疑義を提示しているように思われてなりません。






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